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Bicycleの品質、今と昔

Bicycleの品質、今と昔

今回はちょっといつもと違うネタについて書こうと思います。

それは、みんなが気にしてるBicycleの品質について。 2009年のUSPCの工場移転に伴い、Bicycleの品質が落ちたと言われていますが、 実際に何があったのか。どんな違いがあるのか。迫りたいと思います。

Bicycleについて

Bicycleは1885年にUSPCから発売されたブランドです。 もう100年以上前に発売されたんですね。歴史のあるブランドです。

今ではUSPC社を代表するブランドに成長し、世界中のマジシャンから使用され、また愛されています。

「マジック用のトランプといえば、天使が自転車乗ってるデザインのやつ」 というのが、 日本でもスタンダードになっているかと思います。

トリビア:なぜ「自転車」をブランド名にしたのか?

そもそも、何故自転車なのでしょうか。
それはBicycleが発売された1800年代というのが大きく関係しています。

当時の流行っていた乗り物といえば、前輪が巨大で後輪が小さい「ペニー・ファージング」というものでした。

ペニーファージング

この自転車はいわゆるステータス的な言い方をすると「速度に全振り」している自転車で、 代わりに安定性や乗り心地、安全面というのを犠牲にしています。

乗るために支えとなる台が必要なことや、路面が不安定な道を走った場合に転倒のリスクがありました。 また、その転倒時も受け身を取ることが難しく、頭からそのままコケてしまうという危険性もありました。

しかし、速度だけで言えば今のロードバイクにも負けないスピードの出るものでした。 中流階級の人たちには非常に受け入れられ、当時は「高速で移動できる画期的な乗り物」として 認知されていました。その「画期的な乗り物」をトランプのデザインにしたら売れるのではないか? とUSPCは考え、このブランドを発売するに至ります。

工場の移転

本題に戻りましょう。

USPCは元々、オハイオ州のシンシナティという場所にあった会社でした。 また別の記事でも触れようと思っていますが、USPCは最初「ラッセル&モーガンカンパニー」という名前の会社でした。

そこから何度か会社名の変更を経て、今の「United States Playing Card Company」という社名になります。

そして2009年、USPCはオハイオ州シンシナティからケンタッキー州アーランガーへ会社の移転をします。 シンシナティにあった工場は閉鎖され、生産ラインの機械もこれを気に一新されます。

品質の低下

ケンタッキーへ工場が移転され、機械も一新された関係で、 それまで生産されていたトランプの品質に変化が起きます。

これは機械が変わっただけではなく、扱う紙も変わったのが関係しています。 USPCは企業のCSRとして、エコに貢献することを宣言。インクを無毒性の植物性インクにかえ、 また紙も再生紙へ変更することを決定しました。

※詳細はUSPCの公式サイトでも記述を見ることが出来ます。

今現在は、オハイオ時代に作っていたトランプと同じものを作ることはこのポリシーに違反するため、不可能になっています。

その結果・・・今までBicycleを使っていたマジシャン達は 「あれ?Bicycleの品質落ちた?」と気づき始めました。 ちなみにあの有名な生きる伝説マジシャン、Richard Turner(リチャード・ターナー)さんはいち早くこのことに気づいたと言われています。

特に、カットの品質が落ちたせいか、カードを張り合わせている糊がちょっとの手汗などですぐに溶け出してしまい、 カードがすぐに滑らなくなるという現象が多発しました。

筆者もケンタッキー製初期のデッキを持っているのですが(金枠の箱のBicycle)驚くほど劣化が早かったです。

ケースのデザインの変化

では実際にオハイオ製とケンタッキー製の違いを見ていきましょう。

ケンタッキー製へ移行してまずはじめに大きく変化があったのは、ケースのデザインが変わったことです。

外観前面

それまでBicycleといえば、「Rider Back」というデザインが主流でした。上の写真で言う下にある方ですね。 しかし、ケンタッキーに製になってからというもの、これはあたらしく「Standard Face」というデザインに変わり それが上部にある似て非なるもの。でもまだ、ここまでは良かったのです。

マジシャンが残念に思ったのはその裏側のデザインでした。

新旧背面比較

右が旧デザイン(オハイオ製)で、左側が新デザイン(ケンタッキー製)。 今まではRider Backの文字通り、カードの背面のデザインがそのままケースの背面にもデザインされていました。 しかしそれがなくなり、USPC社によるBicycleの説明文が書かれるように。

マジシャンたちはカードをケースから出す際に、この背面を無意識にお客さんに見せるというテクニックを使います。 それはお客さんに「このカードはこういう背面デザインなんですよ」と暗に示すためです。 そこからシカゴ・オープナーに代表されるような、カードのデザインが変化するマジックをすることで そのケースデザインから刷り込まれた「精神的なミスディレクション」(=思い込み)を利用していました。

勿論、ケースデザインが変わっても問題なくできるマジックはたくさんありますが、 自分の得意とするマジックがやりにくくなったと感じたマジシャンも一定数いたのだと思われます。

あと単純に筆者個人的にも、前のデザインのほうが変な情報もなくてスッキリしている気がします。

Bicycleといえば、808

USPC社のトランプブランドには、それぞれ製造コードがあります。 Bicycleだと「808」。Tally-Hoだと「9」のようにです。 他のブランドだと以下のような感じ。

  • 101 Tigers
  • 202 Sportsman’s
  • 303 Army and Navy
  • 404 Congress
  • 999 Steamboat
  • 808 Bicycle
  • 155 Tourists
  • 707 Cabinet
  • 188 Capitol
  • 366 Squared Faro

これは、その製品のバーコードにも反映されており、下3ケタがこの製造コードになっていました。

つまり、Bicycleのバーコードは808で終わっていたのです。 しかし、ケンタッキー製になってからこのルールが変わります。

下の画像をご覧ください。これは上部にあったケース一覧の底面を並べたものです。 すべてBicycleのハズなのに、一部808になっていないものがありますね。

808になっていないものは、全てケンタッキー製のものになります。

ケース底面

後年になってUSPC社は製造コードを再び808に戻す事になるのですが(上から3番めと一番下がそれ)、 それまではこのようにぜんぜん違うコードが使われていました。

USPC社の方針

USPC社は世界中のマジシャンからバッシングを受けることになります。

しかしUSPCのスタンスとして、彼らはあくまで「遊戯用のトランプ」を作っているのであり、 「我々はマジックのためにトランプを作っているわけではない」と意思を示します。

※Bicycleを買うと、ポーカーなどの「遊び方を知れるURLが記載された広告カード」 を見たことがある方もいらっしゃると思いますが、 それはまさにそのUSPCのスタンスが現れています。

カジノ用カード「Bee」について

少し話が変わりますが、USPCは「Bee」と呼ばれる別のブランドのカードを製造しており、 このカードは世界中のカジノで使われています。

このBeeは実際にUSPCで一番クオリティが高いトランプと言われており、 印刷されたBeeは7割しか市場に出回らないと言われています。 一晩・一ゲームで大きなお金が動くカジノだからこそ、クオリティが求められるわけですね。

なので、ここからもわかるように「カードは遊びのために」がまずUSPCの優先順位でした。

マジシャン達との和解

頑固たる姿勢を示すUSPCでしたが、マジシャンからのBicycle購入も大事なシェアの一部であることは事実。

そして、ついに彼らはRider Backの製造を再開します。 当初は一度使用した製造コードをまた元に戻すのを嫌がったのか「808」ではなく「807」として販売を行います。

808と807

3つあるうちの上から、「オハイオ製 808」「ケンタッキー製808」「ケンタッキー製807」です。

しかし、調べていくうちに807よりも以前に作られた808も存在しており、もう少しここらへんは調べてみます。

他のオハイオ製とケンタッキー製の違い

ではここで一気にオハイオ製とケンタッキー製のRider Backの違いを見ていきましょう。

ケースの裏側

左がケンタッキー製で、右がオハイオ製。写真だとわかりにくいですが、 微妙に青色の濃さが違うのとインクの滲み具合に差が出ているのがわかります。 外観背面

フラップ

こちらがオハイオ製。しっかりとシンシナティ・オハイオの記述が見られます。 オハイオケースフラップ

こちらがケンタッキー製。こちらはBicycleの商標に関する記述のみが記載されています。 ケンタッキーケースフラップ

Joker

こちらがオハイオ製。大きなJokerと小さなJokerに分かれています。
小さなJokerにはデッキに初期不良等が見つかれば、記載の住所に送ってねという品質保証に関する記載が見られます。 (日本にいたら、送り返すより買い直したほうが早いですね) オハイオジョーカー

こちらはケンタッキー製。今のBicycleはカラーのJokerとモノクロのJokerという構成が一般的です。 (前者のJokerに対して、後者のJokerをエキストラジョーカーと呼ぶこともあります) ケンタッキージョーカー

オハイオ製・ケンタッキー製のJokerが、それぞれすべてこの構成になっているかというとそんなことはないです。 ケンタッキー製でも大きいJokerと小さいJokerに分かれていたりすることもあります。

特に最近は、Rider Backの様々なカラーリングが発売されており、そのカラーによってJokerの構成も色々変化しています。

カードの側面

こちらはオハイオ製。カードの側面は非常に綺麗にカットされています。 オハイオカード側面

こちらはケンタッキー製。写真だとわかりにくいですが、ケンタッキー製の方が側面がケバケバしているのがわかるでしょうか? ケンタッキーカード側面

とはいえ、最近のBicycleはケンタッキー製でも品質が向上してきています。
これは筆者が買った2020年製のBicycleなのですが、上のものと比べて、カットの断面がキレイになってるのがわかります。 ケンタッキーカード側面 2020年製

なので、この記事を読んで「ケンタッキー製は品質が悪い!」と決めつけずに、 最近はどんどん改善されてるということを是非知っておいてください!

広告カードのデザイン

広告カード

下にあるのがみなさんがよく見るBicycleの広告カードのデザインだと思います。

上にあるのがオハイオ製のBicycle(2009年製)に入ってた広告カード。 当時はSNSがまだ主流ではなかったのもあり、WebサイトのURLは記載されているものの、TwitterやFacebookの情報は載っていませんね。

カードの裏面

実際に肉眼で見るとわずかにインクの濃さが違うことが確認できたのですが・・・
この写真ではあまり違いがわかりませんねw

右がオハイオ製で、左がケンタッキー製です。

カード背面上から

カード背面斜めから

ケースシール

オハイオ製とケンタッキー製ではフラップに貼られるシールの色も少し違います。

左から、オハイオ製(ゴールドスタンダード)、オハイオ製(Rider Back 808)、ケンタッキー製(Rider Back 807)、ケンタッキー製(Rider Back 808)となっています。 まあゴールドスタンダードは厳密には違うのですが、色が違うのが確認できます。

オハイオ製は基本青色のシールだったのに対して、ケンタッキー製は黒色のシールが主流になっています。 しかし、最近のRider Backは青色のシールが再び復活しています。

ここのルールはあまり詳しくないので、詳しい方がいらっしゃいましたらTwitterまで情報をください!

  • 余談

ちなみに本当にどうでもいい情報ですが、このシール実は購入することが出来ます。
マジックショップや公式サイトでも売っているので、 ほしい方がいらっしゃいましたら買ってみるのも良いかもしれません。

開封済みでスタックやセッティングがしてあるデックを、未開封のように偽ってマジックをすることができます。

ケースシール

印刷のズレ

オハイオ製のカードはご紹介したとおり、品質が高いことで有名です。
しかし、 数少ない弱点があります。それは「印刷のズレ」です。

こちらは2枚ともオハイオ製のカードなんですが、左と右で背面の印刷位置がだいぶずれているのが確認できます。 印刷のズレ

しかも、これは一つのデックの中で起こっているのです。 さすがに気づくお客さんはいないと思いますが、シークレットムーブでカードを移動した際に 「あれ?さっきと裏面の感じが違う・・・?」となるリスクも無きにしもあらず。

エースのカード

これは有名な話なので、ご存知の人も多いかもしれませんが、オハイオ製とケンタッキー製では デックのロットを表すコードに違いがあります。

右がオハイオ製で、左がケンタッキー製。
オハイオ製が本当に製造コードっぽいものだけなのに対して、 ケンタッキー製は最初の2桁の数字が作られた週(1〜52)、次の2桁が西暦の下2桁を表しています。

なので、この画像では、左のデックは2020年の第3周目、つまり1月頃に作られたということがわかります。 エース

でもこれじゃあ、オハイオ製のデックがいつ作られたかわからないじゃないか!と思ったそこのあなた。 安心してください。オハイオ製でも最初のアルファベットを見ることで、いつ作られたものかは推測することが可能です。

USPCでは、製造コードを以下のサイクルでつけており、右の「L」がついてるオハイオ製は時期的に2009年製であることがわかります。 ※ちなみに、このアルファベットはケンタッキー製になっても引き継がれており、よくみると「A」で2020年というのも一致しているのが確認できます。

アルファベット西暦
A-192019401960198020002020
B-192119761996---
C-19221941196119812001-
D--1942196219822002-
E-19231943196319832003-
F-19241944196419842004-
G190419251945196519852005-
H190519261946196619862006-
J190619271947196719872007-
K190719281948196819882008-
L190819291949196919892009-
M190919301950197019902010-
N1910----2011-
P19111931195119711991--
R191219321952197219922012-
S191319331953197319932013-
T191419341954197419942014-
U191519351955197519952015-
W191619361956--2016-
X191719371957197719972017-
Y191819381958197819982018-
Z191919391959197919992019-

IとOとVは数字と間違えやすいため、あえて省略されていますね。

追記: 数々のデックを販売されているECサイトのプレイフェアさんから、こちらの情報の補足をいただきました。 こちらの記事に プレイフェアさんがおまとめになられた情報が記載されています。上記に載せている表の1904年より、もっと前から使われている可能性があるとのことです。 ぜひ、プレイフェアさんのWebサイトも、一度ご覧になっていただければ幸いです。

まとめ

工場の引っ越しにより、一波乱起こしたBicycle界隈。 1つの会社のカードの品質が、世界中のマジシャンに影響を与えるというのは考えてみればすごいことです。 事実、我々もお世話になっているので、実際に影響を受けてしまいます。

最近ではこのケンタッキー製による品質低下をきっかけに、世界中で他の会社もデックを作るところが増えてきました。 台湾製のデックも人気が出てきていますしね。メーカーや工場による、カードの違いを色々調べてみるのも楽しいと思います。

さいごに

Bicycleの歴史をまとめてみました。今回は結構長かったですね。

まだまだ自分も知らないことがたくさんあるので勉強中の身ではありますが、みなさんのBicycle知識に役立てば幸いです。

どうしてもこういう海外の製品は日本のサイトにはあまり情報がないことが多いです。 逆に、英語のサイトだと結構情報がのっています(アメリカの会社なので当たり前) 英語は苦手な方も、大好きなカードのためなら勉強が捗るかもしれません。たまには英語のWebサイトへ繰り出してみるのも良いかも!

今後も色々なカードの雑学などを記載していこうと思うので、よろしくおねがいします。 もし、「こんな情報知ってるよ!」というのがあればTwitterまで、ぜひ教えて下さいませ!タレコミお待ちしております。

デックレビューのリクエストも受け付けておりますので、遠慮なく申し付けください。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

参考サイト